甲区に信託目録が付いていたら ── 受益権の売買で確かめる順序
- 公開
- 2026年9月5日
- 更新
- 2026年10月12日
- 法令・制度の確認
- 2026年9月23日 時点
所有権の移転ではなく、信託の受益権の譲渡という形で進む取引があります。登記事項証明書を取ると所有者の欄には信託銀行の名が入り、甲区に信託の登記と信託目録が付いています。このとき重要事項説明は要るのか、相手方も宅地建物取引業者なのだから省けるのか。宅地建物取引業法35条は、この場面のために3項を別に置いています。先に確かめる順序を示し、その根拠を後で見ます。
確かめる順序
3項が掛かるかどうか、掛かるとして省ける場合に当たるかどうかは、次の順で確かめます。
- 信託目録で、信託の委託者が誰かを確かめます。自社でなければ、原則として3項の場面に当たりません。
- 自社が金融商品取引業者等の登録を受けているかを確かめます。受けていれば、委託者が第三者でも、代理や媒介でも、3項の側に入ります。
- 相手方が上場している会社か、資本金五億円以上と見込まれる株式会社かを確かめます。当たれば、特定投資家として免除の側に入りえます。
- 相手方が一般の顧客として取り扱うよう申し出ていないか、契約締結前一年以内に同一の内容の契約について説明していないかを確かめます。どちらも登記には出ません。
- 3項が掛かるなら、信託財産である宅地建物について、3項各号の事項を調べます。
どこまでが記録で、どこからが判断か
1から4で確かめる事実は五つあります。登記で確かめられるのは、そのうち一つだけです。
| 事実 | 何を分けるか | どこで確かめるか |
|---|---|---|
| 信託の委託者が誰か | 自らを委託者とする信託に当たるか(35条3項の括弧書き) | 信託目録に出ます(不動産登記法97条1項1号・3項)。登記で確かめられます。 |
| 自社が金融商品取引業者等の登録を受けているか | 委託者が第三者でも、代理や媒介でも、3項の側に入るか(50条の2の4) | 登記には出ません。依頼元自身の登録の有無なので、依頼元に確かめます。 |
| 相手方が上場している会社か、資本金五億円以上と見込まれる株式会社か | 特定投資家として免除に当たるか(定義府令23条7号・8号) | 資本金の額は相手方の商業登記に出ます(会社法911条3項5号)。ただし8号は取引の状況その他の事情から合理的に判断して見込むもので、登記の数字だけでは決まらず、要確認のまま残ります。 |
| 相手方が一般の顧客として取り扱うよう申し出ているか | 上場している会社などでも、免除から外れるか(金融商品取引法34条の2第5項) | 当事者の間の手続きで、登記には出ません。取得した資料からは確認不能です。 |
| 契約締結前一年以内に、同一の内容の契約について書面を交付して説明しているか | 免除に当たるか(規則16条の4の4第1項2号) | 依頼元の過去の説明記録によります。記録を見るまでは要確認です。 |
委託者は登記で確かめて書けますが、残る四つは依頼元か相手方の側にあります。納品物の見本のチェックリストで、確かめた事項と確かめられなかった事項を分けて残しているのは、こうした空欄を埋めたように見せず、空欄のまま渡すためです。
相手が宅地建物取引業者でも省けない根拠
「自らを委託者とする信託の受益権の売主」とは誰か
信託法3条1号の信託契約では、財産を移す側が委託者、受け取って管理する側が受託者、給付を受ける権利を持つ者が受益者です(同法2条4項から7項)。宅地建物取引業者が自社の保有する建物を信託銀行に信託し、自らが当初の受益者となる形をとれば、その業者は委託者であると同時に受益者になります。この受益権を第三者へ売るのが35条3項の場面で、条文は次のように限定を掛けています。
宅地建物取引業者は、宅地又は建物に係る信託(当該宅地建物取引業者を委託者とするものに限る。)の受益権の売主となる場合における売買の相手方に対して、その者が取得しようとしている信託の受益権に係る信託財産である宅地又は建物に関し、その売買の契約が成立するまでの間に、宅地建物取引士をして、少なくとも次に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面(第五号において図面を必要とするときは、図面)を交付して説明をさせなければならない。
売買の目的物は、宅地でも建物でもなく受益権です。信託法14条により、信託の登記をしなければ、その財産が信託財産に属することを第三者に対抗できません。不動産登記法98条1項はこの登記を権利の登記と同時に申請するものとし、同法97条1項は委託者・受託者・受益者、信託の目的、信託財産の管理方法、信託の終了の事由などを登記事項として掲げます。登記簿の所有者欄に受託者が入り、委託者の名が同条3項の信託目録に載るのは、この仕組みによります。
目的物が宅地建物ではない以上、35条1項は掛かりません。1項が対象にしているのは「宅地若しくは建物の売買、交換若しくは貸借」の相手方等だからです。そこで3項が別に置かれ、受益権の売買であっても信託財産である宅地建物について説明をさせる形がとられています。
読み替えの表に、3項が入っていない
業者間では説明が省ける、という扱いの根拠は35条6項です。同項は表の形をとっていて、第一欄に掲げられた者が宅地建物取引業者であるとき、第二欄の規定の字句を読み替えます。中身は「宅地建物取引士をして……交付して説明をさせなければ」を「交付しなければ」に変えるものです。
その第一欄に並ぶのは二つだけです。1項の「宅地建物取引業者の相手方等」と、2項の「宅地又は建物の割賦販売の相手方」。3項の売買の相手方は、この表に入っていません。表に無ければ読み替えは起きず、3項の本文がそのまま適用されます。
業者間取引の適用除外を定めた78条2項も同じで、外れるのは33条の2と37条の2から43条まで。35条は入っていません。そして65条2項2号は、35条1項から3項までの規定に違反したときを、業務停止を命ずることができる事由に挙げています。
省けるのは3つの場合だけ
3項にも例外はあります。ただし書きが「その売買の相手方の利益の保護のため支障を生ずることがない場合として国土交通省令で定める場合」を除いていて、これを受けた施行規則16条の4の4第1項が次の三つを挙げています。
- 金融商品取引法2条31項の特定投資家、および同法34条の3第4項により特定投資家とみなされる者を、売買の相手方とする場合
- 売買契約の締結前一年以内に、相手方に対し同一の内容の契約について書面を交付して説明をしている場合
- 相手方に対し、金融商品取引法2条10項の目論見書(書面を交付して説明すべき事項のすべてが記載されているものに限る)を交付している場合
どれにも「相手方が宅地建物取引業者である場合」はありません。1項では免除の入口になる属性が、3項では条件として置かれていない、ということです。
見るのは免許ではなく、上場の有無と資本金
では特定投資家とは誰か。金融商品取引法2条31項は、適格機関投資家、国、日本銀行、そして内閣府令で定める法人と定めています。この内閣府令が定義府令で、その23条が掲げる法人に、金融商品取引所に上場されている株券の発行者である会社(7号)と、取引の状況その他の事情から合理的に判断して資本金の額が五億円以上であると見込まれる株式会社(8号)が入っています。
相手方が免除に当たるかを確かめるとき、見るのは宅地建物取引業の免許ではありません。上場しているか、資本金がいくらか、という別の帳面です。さらに規則16条の4の4第1項1号は、金融商品取引法34条の2第5項により特定投資家以外の顧客とみなされる者を括弧書きで除いています。上場している会社でも、一般の顧客として取り扱うよう申し出ていれば、免除の側には入りません。
3つのケースで見る
同じ受益権の売買でも、委託者が誰か、相手方が何者かで適用が分かれます。
| 場面 | 3項の説明義務 | 根拠 |
|---|---|---|
| 自社の保有する建物を信託し、当初の受益者となったうえで、その受益権を別の宅地建物取引業者へ売る | 掛かる。相手方が宅地建物取引業者であることは、省ける理由にならない | 35条3項・6項 |
| 同じ形で、相手方が上場している会社、または資本金五億円以上と見込まれる株式会社である | 掛からない。ただし相手方が一般の顧客として取り扱うよう申し出ていれば掛かる | 規則16条の4の4第1項1号 |
| 第三者が委託者となっている既存の受益権を買い取り、これを転売する | 掛からない。信託の委託者が自社ではないため | 35条3項の括弧書き |
三つめは、条文が「当該宅地建物取引業者を委託者とするものに限る」と限定していることから出てきます。買い取った受益権を売るとき、その信託の委託者は自社ではありませんから、3項の場面に当たりません。ただしこの線は、次の節のとおり自社の登録状況によって動きます。
つまずく点
金融商品取引業者であれば、線が動く
50条の2の4は、金融商品取引業者、金融商品仲介業者、または有価証券等仲介業務の種別に係る登録を受けた金融サービス仲介業者である宅地建物取引業者に、特則を置いています。これらに当たる業者が、宅地建物に係る信託の受益権や、その受益権への投資事業に係る組合契約等に基づく権利の売主となる場合、またその売買の代理や媒介をする場合は、自らを委託者とする信託の受益権の売主となる場合とみなして、35条3項から5項までと8項が適用されます。
この特則が掛かると、委託者が第三者であっても、また売主ではなく代理や媒介の立場であっても、3項の説明義務の側に入ります。免除の枠も別で、規則19条の2の3が、投資事業が主として宅地建物に係る信託の受益権以外に対するものである場合を含む四つを挙げています。同じ受益権の売買でも、自社が金融商品取引業者等の登録を持っているかどうかで、適用される範囲が変わります。
取引士証の提示と記名は、この場面でも外れない
35条4項は前三項の説明の際に宅地建物取引士証を提示することを、5項は1項から3項までの書面に宅地建物取引士が記名することを定めています。6項が「前二項の規定は、適用しない」としているのは第一欄に掲げられた場面についてですから、3項の説明では、士証の提示も記名もそのまま必要です。4項に違反した者は、86条により十万円以下の過料に処せられます。
国土交通省の「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」は、50条の2の4関係として、金融商品取引法37条の3第1項に基づき交付される書面の記載事項に3項の記載事項が含まれるため、その書面を3項の書面として使用しても差し支えないとしています。ただし同じ箇所が、この場合においても宅地建物取引士による説明及び記名が必要であることに留意すること、と続けています。書面を流用したときに落ちやすいのは、ここです。
信託財産について調べる量は、1項とほとんど変わりません
3項が説明させる事項は、信託財産である宅地建物そのものについての情報です。1項と並べると、重なる部分と落ちる部分がはっきりします。
| 事項 | 1項 | 3項 |
|---|---|---|
| 登記された権利の種類・内容、登記名義人 | ある | ある(1号) |
| 法令に基づく制限の概要 | ある | ある(2号) |
| 私道に関する負担 | ある | ある(3号) |
| 飲用水・電気・ガスの供給、排水施設の整備状況 | ある | ある(4号) |
| 工事完了前のものであるときの、完了時の形状・構造 | ある | ある(5号) |
| 区分所有建物についての権利・管理・使用に関する事項 | ある | ある(6号) |
| 造成宅地防災区域、土砂災害警戒区域、津波災害警戒区域、水害ハザードマップ、石綿の調査、耐震診断など | ある | ある(7号・規則16条の4の7) |
| 既存の建物の建物状況調査と、書類の保存の状況 | ある | ない |
| 代金以外の金銭、契約の解除、損害賠償額の予定、手付金等の保全、支払金・預り金の保全、金銭の貸借のあつせん | ある | ない |
契約条件に関する事項が落ちる一方で、物件そのものについて確かめる項目はそのまま残ります。登記を読み、法令上の制限を役所で拾い、私道とインフラを当たり、区域の指定を確かめる。売買の目的物が受益権に変わっても、この工程は減りません。信託財産が遠方にあれば、現地と役所に当たる手間もそのままです。
委託者が誰で、信託目録に何が載っているのか。3項各号が求める信託財産の記録 ―― 登記、法令上の制限、私道、インフラ、区域の指定 ―― を揃え、確かめられたことと確かめられなかったことに分けておくところまでは、説明と記名の手前で切り出せます。免除に当たるかどうかの判定も、士証を示して説明することも、依頼元の宅地建物取引士に残ります。目的物が受益権に変わっても、信託財産について集める記録は変わりません。
確かめられたこと・確かめていないこと
- 確かめたこと ── 上に引いた宅地建物取引業法・同法施行規則・金融商品取引法・定義府令・信託法・不動産登記法・会社法の条文は、確認日時点の現行条文を e-Gov 法令検索で確認しました。解釈・運用の考え方は原典で確認しました。
- 確かめていないこと ── 3項の各号から既存の建物の建物状況調査や契約条件に関する事項が外れていることは、1項と条文を突き合わせて確認した事実です。そう分けられている趣旨を示す一次情報には当たれていません。
- 確かめていないこと ── 信託の受益権は金融商品取引法2条2項1号によりみなし有価証券とされますが、宅地建物取引業者が自らを委託者とする信託の受益権を売る行為に金融商品取引業の登録が要るかどうかを述べた一次情報には当たれていません。この記事では扱っていません。
- この記事は一般的な条文の関係を整理したもので、個別の事案についての判断ではありません。実際の取扱いは、信託契約書と登記記録に即して、依頼元の宅地建物取引士および専門の士業のご判断によります。
参照した一次情報
- 宅地建物取引業法 第35条・第50条の2の4・第65条・第78条・第86条(e-Gov法令検索)
- 宅地建物取引業法施行規則 第16条の4の4〜第16条の4の7・第19条の2の3(e-Gov法令検索)
- 金融商品取引法 第2条・第34条の2・第34条の3(e-Gov法令検索)
- 金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令 第23条(e-Gov法令検索)
- 信託法 第2条・第3条・第14条(e-Gov法令検索)
- 不動産登記法 第97条・第98条(e-Gov法令検索)
- 会社法 第911条(e-Gov法令検索)
- 宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方 令和8年4月1日施行版(国土交通省)
上の確認日は、この記事を書いた時点で制度・様式を確かめた日です。 以後の改正までは追い切れていない場合があります。実務でお使いの際は、 必ず出典元の最新版をご確認ください。